20 百万長者と結婚する方法

シネマの宝石学
―洗練された大人のおとぎ話20

摩天楼の宝石物語

主役はニューヨーク

この映画が、1953年に封切られたとは思えない。その画像にも、ヒロインたちの装いにも、また、アパートメントのインテリアにも、半世紀前という古さはちっとも感じられない。冒頭から10分近くオーケストラがテーマ曲を演奏する場面から始まるオープニングは、今日でも斬新ではないだろうか。そして、タイトルバックのかわいいこと。青や煉瓦色のシルクサテンの布の上に、出演者の名前が載り、余白には、数々のかわいくてゴージャスなジュエリーが飾られている。星型のブローチや花の形のイヤリング、かわいいサファイアや知的なエメラルド、そして、きらきらダイアモンド。まるで、宝飾店のショーウィンドウ。宝飾店に足を踏み入れるときと同じくらい、ワクワクする映画なのだ。

映画の冒頭に登場するのは、ニューヨークの街並みだ。「お金が飛び交い、才能が密集する街、百万長者とシンデレラが出会う街。セントラルパークでは恋人たちが逢引。富と名声は実力しだい。毎日がスリルに満ちている街。魅力いっぱいの街ニューヨーク♪」ミュージカルのように歌が響く。今のニューヨークより百倍も魅力的。活力とチャンスに満ち、人々は、シンプルに、ちょっと手を伸ばせば、幸せに届くと信じていたのだ。

この欲望の街で、三人の娘たちが、幸せを得ようと作戦を決行する。クールな知性派美人、シャッツィ(ローレン・バコール)と、セクシーでかわいいポーラ(マリリン・モンロー)、健康的でちゃっかりしているロコ(ベティ・グレイブル)という三人組だ。ストーリーは、この貧乏モデルたちが、玉の輿をねらうという他愛もないものだけど、今で言えば、ワーキングプアともいえる彼女たちが、唯一の武器である美貌を有効に活用し、幸せを得ようとしても、不思議なことは何もない。

参謀格のシャッツィは、目的遂行のために、大胆な計画を立てた。マンハッタンにそびえる最高級アパートメントを借りうけ、そこを舞台に、大金持ちの男性をハントしようという作戦だ。デートのときは、男性が、女性の自宅までの送り迎えが普通のアメリカだからこそ、邸宅は重要な舞台なのだ。

その方法とは、たとえば、男性と知り合うのは、毛皮店でなければならない。スーパーで知り合った男などとんでもないのだ。ロコがスーパーで捕まえてきた男が、シャッツィを熱心に誘うのだけど、まったく眼中にない。とはいえ、なかなかお金もちのターゲットと出会えず、生活費に困った三人の部屋からは、立派な家具が少しずつなくなっていく。最初はグランドピアノ、テーブル、ソファ。殺風景な部屋で、これからどうしたものか、途方にくれていたに彼女たちの前に、大きなチャンスがやっとやってくる。ロコが毛皮店でゲットした老紳士の誘いで、金持ちたちのパーティに招待されたのだ。

三人は、ここぞとばかり完全武装。戦場に臨む、そのいでたちは、ゴージャスなドレスと、極めつけのジュエリーだ。このときの三人の美しいこと。どんなにお金に困っていようと、ドレスや宝石の着こなしはお手の物。三人とも、自分の魅力をよく知っていて、夢のように美しい。

大人っぽいローレン・バコールは、ミンクのショールを羽おり、毛皮のふちがついた緑色の足元まで隠れるドレス。エメラルドの大きな指輪を左の薬指に。左の腕には、ダイヤのブレスレットを何本も重ねて、蘭の花のようにかっこいい。マリリンは、体にフィットしたローズピンクのドレス。深くはいったスリットがセクシーだ。同じ色のルビーの指輪が左手の小指にきらめいていた。同色のコート、同色の小さなバッグと、すべてローズピンクでそろえたマリリンは、まるで、アネモネの花束のように愛らしい。元気なベティ・グレイブルは、短めの白いドレス、白いグローブ。耳には、大きなダイアモンドのイヤクリップがかわいらしく、スイトピーのようにキュートな印象。

久しぶりに贅沢気分を味わった三人は、その夜、幸せな夢を見る。バコールは、テキサスの大金持ちと結婚している夢。宝飾店で、あれもこれもと目に付く限りの宝石を買う夢だった。マリリンの夢は、まるで千夜一夜物語のアレンジだ。アラブの大金持ちと、金色のプライベートジェットに乗って、彼の故郷アラビアにいく。邸宅に着くと、黄金の大きな宝石箱からあふれんばかり、手にもてないほどざくざくの宝石をプレゼントされる。これが東洋の風習だ、と夫にいわれて幸せの絶頂のマリリン。ふたりにとって、お金持ちになるとは、宝石三昧になれるということなのだ。ベティは、三人のうち、いちばん贅沢への願望が薄い。なにしろ夢の内容は、湯気を立てている出来立てのホットドックなのだから・・・

やがて、三人は獲物を獲得する。贅沢願望がいちばん低かったベティは、お金はないけれど、若くてハンサムで、背の高い男をゲットする。アラブのお金持ちに結婚を申し込まれたマリリンは、その相手と結婚するため飛行機に乗るけれど、そこで運命の出会いをする。美人でセクシーなポーラにとって、唯一の弱点は、目が悪いということなのだが、飛行機の中で、めがねの彼女を個性があるといってくれる、そんな相手と出会うのだ。それこそ彼女の本当に望んでいたことなのだろう。その相手は、借金まみれで、逃亡中の身の上なのだが、マリリンは気にしない。

本当に人は不思議なものだと思う。頭の中では、大金持ちと結婚したいと、強く念じていても、本当の願望は本人も気づかない、別のところにあったのだろう。その願望が、ロコの場合は、若くてかっこいい男が大好き、ポーラの場合は、セクシーな外見だけでなく、本当の自分を認めてくれる人に出会いたい、という思いだった。

そしてシャッツィの場合は―。彼女だけは初志貫徹し、毛皮店で見つけた初老のミリオネイアと結婚することになる。それは、アパートメントの家具も底をつき、あともう少しで、作戦半ばで、この要塞をでなければいけない、というぎりぎりのときだった。その獲物は、年の差を理由に、いったん彼女の元を去ったのだが、彼女が忘れられずに戻ってきたのだ。

獲物の気持ちを確かめたシャッツィがまずはじめにしたことは、今、家具屋に売ったばかりの調度品を部屋に戻させることだった。このクールさが、あまりに正直で面白い。実は、シャッツィには、苦い過去があった。彼女の元夫は、魅力いっぱいでハンサムだけど、仕事もしない遊び人だった。ある日、男は、家具ごと、どこかにドロン。借金だけ残して。気が強く、いつも理性的な彼女だけど、内情は、意外と男に甘いのだ。二度とこんな目に会いたくない。シャッツィは強く心に誓った。

彼女の願望はあまりにも強固だったから、前の夫によく似た、チャーミングな男(スーパーで見つけた男)に誘われ、つい恋におちてしまっても、自分でそれが認められない。まさにトラウマの再現になってしまう。あんな馬鹿な自分には、絶対に戻りたくないのだ。

意志が強固すぎると、自分の本心がわからなくなってしまう。そういうことはないだろうか。ダイエットしなければ、と思い込んでいると、チョコレートを目の敵にして、ストレスがたまる。私の服には、このタイプのジュエリーが似合うと思い込んでいると、好きなジュエリーを手に入れ損ねて、後で、あれがほしかった、ということに気づく。恋人に条件を当てはめすぎて、自分の幸せがなんなのか、わからなくなってしまうこともある。

さて、結婚式の当日、自分の本心にまだ気づかないシャッツィには、どんな運命が待ち受けているだろうか。玉の輿を狙うというべたなストーリーなのに、泥臭くならないのは、やはり舞台がニューヨークだからだろう。時は、パックスアメリカーナ。第二次世界大戦に、勝利し、アメリカが世界最大の成功を収めた時代。今と違って、アメリカの人々は幸せにあふれていた。疲弊したヨーロッパや、まだ力不足のアジアを尻目に、アメリカは摩天楼をぴかぴかきらめかせていた。青空に屹立する摩天楼の輝きは、いわば、自由の女神に捧げられた、巨大な、最新ファッションのジュエリーだったのだろうか。

輝けるマリリン・モンロー

シャッツィ役の、ローレン・バコールは、モデル出身の人気女優。21歳でハードボイルドといわれた俳優ハンフリー・ボガードの夫人となった。ニューヨーク出身の彼女は、クールで都会的なイメージで、21世紀の女性には、結構多いタイプではないだろうか。ローレンは、マリリンより2歳年上で、このとき、4歳の男の子の母だった。この中では、いちばんもてているヒロインだったのだが、この映画を契機に、人気はマリリンに追い抜かれる。

ロコを演じたベティ・グレイブルは、マリリンより10歳も年上で、37歳になっていた。第二次世界大戦中は、大人気のピンアップガールだった。当時は、出演料も破格で、その足に百万ドルの保険をかけたのでも有名だった。彼女はこの映画を、きっかけに引退する。ベティの時代は終わったのだ。

一方、当時、新進女優だったマリリンは、この映画で、人気を不動のものとした。それはマリリンにとって、絶頂の始まりのときだった。1953年のマリリンは、1月にナイアガラが封切られ、そのモンローウォークで人気に火がつき、7月には「紳士は金髪がお好き」でスターダムにのぼった。その直後、11月に、この映画が封切られている。1953年11月、20世紀フォックス劇場でのプレミア試写会では、マリリンみたさに、数万人の人が押し寄せ、8車線もあるウィルシャー通りが、交通マヒになったという。

翌年の1月、ヤンキースのスタープレイヤー、ジョー・ディマジオと結婚。2月には、新婚旅行に来日している。羽田空港には、1万人もの熱狂的なファンが出迎えたという。マリリンの人生も絶頂期で、それはまさに、アメリカの絶頂期と時代を同じくしている。マリリンの人気はうなぎのぼりになり、ついには20世紀の女神とまでたたえられるようになるけれど、いかにもお似合いだったディマジオとは、愛し合っていながら、2年で離婚してしまった。

マリリンと宝石の関係はどうだっただろうか。「紳士は金髪がお好き」で、「ダイアモンドは女の子の友達」と歌ったマリリンにとって、ダイアモンドはまさしく運命を変えた宝石だった。マリリンとダイアモンドはたびたび共演している。ビリー・ワイルダー監督の「お熱いのがお好き」では、偽の大富豪に、億をくだらないダイアモンドのネックレスを贈られ、この映画でも、ダイアモンドのイヤリングをゆらしていた。

庶民的な彼女がつけることで、それまで手の届かない存在だったダイアモンドが庶民のあこがれになっていく。マリリンのほうもダイアモンドと結びつくことで、今までより何ランクも上の気品ある色気をただよさせた女優へと変身していったのだ。

日常生活では、マリリンは、宝石にこだわらなかった。フランク・シナトラに飛び切りのエメラルドのイヤリングをプレゼントされたことがあったけれど、彼女は、一度つけたきり、それを誰かにあげてしまった。宝石は彼女にとって、まさしく、マリリンという女神に変身するためのスイッチだったのかもしれない。唯一、大事にしていたのは、ディマジオが、日本でプレゼントしてくれた、真珠のネックレスだったという。

岩田裕子

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