31 オズの魔法使い

シネマの宝石学
―洗練された大人のおとぎ話31

オズの宝石の国

春の旅行にて

早春のニューヨークは、東京より肌寒く、空気は確かに春なのに、木々はまだ芽吹いていない状態でした。摩天楼が両側にせまり、見上げてもビルのてっぺんまで視線が届かず、せまくるしくも感じられるほど、迫力があります。超高層ホテルの部屋から見ると、イエローキャブの黄色い渋滞が、街を結ぶ春のリボンのようにみえるのでした。ちょうどイースターの直前のころで、磔刑のキリストを中心とした十数人の仮装行列をみかけました。世界一ハイテクな街と、2千年前のドラマティックなエピソードの対比。

そういえば、1939年に封切られた映画『オズの魔法使い』の50周年を記念したパレードは、道路を封鎖し、ニューヨークのミッドタウンで祝典がひらかれ、全米から人が集まったといいます。5千人もの参加者が、それぞれオズの登場人物に扮し、タップを踏みながら、34丁目を行進したのです。1989年8月のある日。パレードを見る子供たちも、ドロシーと同じ赤い靴をはいておおはしゃぎし、大人たちも、かかしやブリキの木こりに扮して、楽しんだのだとか。大人な街ニューヨークのファンタスティックな一日。

帰国前夜、やっと取れたチケットで、念願のブロードウェイ・ミュージカルを見ることができました。『Wicked-ウィキッド』。あの『オズの魔法使い』の前日譚です。2003年、ニューヨーク・ガーシュイン劇場で幕を開け、グラミー賞を受賞。もう10年もたつというのに、今も同じ劇場で連日、満員御礼なのです。南の良い魔女グリンダと西の悪い魔女が、大学で同級生だったというお話。魔女たちが魔法の授業をうけたり、寮生活したり、恋愛したり、先生はしゃべるヤギだったり、現実世界と幻想が渾然とした舞台。オズに心酔している女流作家の原作です。

1939年の映画『オズの魔法使い』では、西の魔女に、マーガレット・ハミルトンという女優が扮し、黒いとんがり帽に緑色の顔で、笑いながら箒にのって空を飛んでいました。マーガレット・ハミルトンのインタビューを見たことがありますが、とても上品な老婦人で、良い魔女役の人かと勘違いしたほどです。この悪い方の魔女が、『ウィキッド』のヒロイン、エルファバなのです。生まれもっての緑色の肌で気味悪がられますが、実際は、まじめで誠実、妹思の優しい性格の娘でした。体の弱い妹は、後年、東の悪い魔女と呼ばれるようになります。学校の寮で、エルファバは、可愛い女の子、グリンダと同室になります。南の魔女、グリンダです。

このグリンダの、愛されキャラぶりが、面白かったです。着る服は、白やピンクなどパステルカラー。金髪の巻き毛をゆらゆらゆらし、感じがよく、誰にでも好かれるのです。女の子らしくて、きれいなグリンダ。自分勝手で、ずるいところもあり、でも優しさももっている。悪人ではもちろんないですが、ちょっと調子がいい、という感じ。まわりの思惑もあり、どんどん良い魔女にしたてあげられていきます。名誉も賞賛も手に入れながら、グリンダの一番欲しいものは、エルファバの手にはいりました。人々に愛され、あこがれられ、贅沢三昧も経験しながら、少しだけ不幸なグリンダに、私は興味を惹かれるのです。

一方、自分に正直で、周りに誠実すぎるエルファバは、こわい容姿とアピール下手のため破滅の一途をたどります。しかし、信念のままに生きた彼女は、満足だったにちがいありません。そのうえ、いちばんほしいものを手にすることができたのです。この対照の妙!

エルファバは、長い箒と黒づくめの衣装がトレードマーク。グリンダは、ダイアモンドでできた魔法の伺と、きらめくティアラがおきまりです。宝石が似合う人は、みなどこかグリンダ的な要素をもっている。そんな気もします。魅力的ではあるけれど、ちょっと悪い子だったりもするのです。

アメリカの神

『オズの魔法使い』は、カンザス生まれのヒロイン、ドロシーが目指す「エメラルドの都」をはじめ、宝石がふんだんに登場するお話です。『オズ』シリーズは、読者の希望により、続編が14作も書かれています。今回、新しく翻訳されていたので、それも読んでみたら、一作目に引けを取らないほど、奇抜なストーリー、登場人物、色彩的にもカラフルで、すっかり魅了されてしまいました。この明るさ、元気さは、一体なんでしょう。

オズが出版されたのは、1900年。ヨーロッパ的には、まさに爛熟の19世紀末です。しかし、1776年に独立宣言したばかりのアメリカにとっては、日の出の勢いのときでした。1867年には、アラスカをロシアから購入。1898年にはハワイ王国を統合し、スペインとの戦争に勝利してグアム、フィリピン、プエルトリコを植民地化。キューバを事実上支配するなど、アメリカ自体がアメリカンドリームに酔っていた、上昇一途の時代だったのです。作者のボウムは、ニューヨーク生まれでしたから、そういう時代の空気をふんだんに吸って、生きていたのではないでしょうか。アメリカンスピリットで描かれた、世界初の童話『オズ』は、アメリカ人の気分によく合い、ドロシーは国民的ヒロインとなりました。かかしやブリキのきこり、臆病ライオンや、詐欺師のオズも、アメリカ人なら誰でも知ってる人気キャラクターとなったのです。

『ウィキッド』を待つまでもなく、オズに触発された作品は、あちこちに散らばっています。『ウィズ』は、ニューヨークを舞台に、ダイアナ・ロスがドロシー、マイケル・ジャクソンが、かかしに扮した黒人だけのミュージカル。『リターン・トゥ・オズ』は、『オズのオズマ姫』などを忠実に映画化した、1939年の続編のような映画です。2013年3月には、やはり前日譚である『オズはじまりの戦い』が封切られます。

過激な暴力や性描写で有名な、カルトの帝王ともよばれる監督デビッド・リンチの『ワイルドアットハート』(1990年)は、全編、オズの魔法使いへのオマージュでつくられています。私の感覚では、過激というより、切ない恋物語なのですが、児童文学とは対極にあることは確か。殺人罪で服役しているニコラス・ケイジの前に、グリンダがあらわれ、やさしくことばをかけるシーンも。「あなたに、ワイルドな血が本当に流れているなら、あなたは夢のために戦うことができる」と。悪夢のような作風で知られるデビッド・リンチですが、彼もまたモンタナ州生まれのアメリカ人です。

オズは、アメリカ生まれの神話になったのではないでしょうか。カンザス生まれのドロシーは、鬼退治する桃太郎や、西国をめざす孫悟空と同じく、子供たちや昔、子供だったアメリカ人たちの永遠の英雄なのだと思われるのです。

それにしても、オズのシリーズには、宝石の話がふんだんにでてきます。オズの世界は、エメラルドの都と、その周りの4つの国でできあがっていますが、グリンダの統治する南のクワダリングは、赤の国です。ちなみに、ドロシーが竜巻で到着したマンチキンの東の国は、すべてが青、西の魔女がおさめていたウィンキーは黄色、北のギリキン人は紫が好き、という設定になっています。赤の国の女王である、良い魔女グリンダはルビーの玉座にこしかけています。原作につけられたデンスロウのオリジナルのイラストでは、ハート型のルビーが王冠にも、服にも縫い付けられています。また、グリンダの宮殿は、どこもかしこも豪華で美しい庭には、噴水から水ではなく、宝石が吹き上がっているとのこと。

オズ・シリーズ第二巻では、エメラルドの都に、ジンジャー将軍という美少女ひきいる各地から集まった美少女軍団が、攻め入ります。彼女たちの武器は、まとめた髪のなかに刺した編み棒。目標は、エメラルドの都にあるきらめく宝石です。都のあちこちには、エメラルドが埋め込まれています。それらをほりだし、指輪やブレスレットにしたい。それに、王の金庫には、たくさんの黄金があるから、それをつかえば、隊員ひとりひとりに、新しい服が10着ずつは買える、とのこと。作者のボームは、どうしてこれほど女性の願いがわかるんでしょう。

グリンダの軍隊が鎮圧にむかうと(こちらも美少女軍団ですが、もっと統率がとれています)、反乱軍は、編み棒の先で、壁や石畳の道からエメラルドを掘り出しているところでした。ジンジャーの乱を鎮圧後オズの国を統治するオズマ姫は、宝石のように美しい少女でした。二つの目はダイアモンドのように輝き、くちびるはピンクのトルマリンのような色合い、そのおでこには、宝石のついたティアラが輝いているのです。彼女は、敵方のノーム王にエメラルド製のバッタへ変身させられたことがあります。

『空飛ぶ猿』の昔話にでてくる、ゲイレットという美しい姫は、ルビーの大きな石を積んで建てた、美しい宮殿に住んでいました。姫の悩みは、自分に似合うお婿さんにであえないこと。あるとき、賢くて男らしい美少年クエラーラを見つけて、このルビーのお城に連れて行き、たくましく、優しく、頼もしい青年に育てたのです。

ラングディア姫は、ルビーの塊をほって作った不思議な伴で、大事な戸棚をあけるのです。そこには、美しい頭がずらっとならんでいました。さまざまな髪色、肌や目の色、その日は、17番の頭を取り付ける。黒髪に黒い目、肌は真珠のようにしろくつややかな首をえらび、満足して鏡をみました。

カラスの巣に不時着したカカシは、きらきらの指輪を見つけます。こちらでもオズの世界でも、カラスはキラキラしたものが好きなのです。また、ルビーやアメシストやサファイア、同行したブリキのきこりは、ダイアモンドのネックレスだけで大満足しました。めんどりのビリーナでさえ、ある国の新しい王から感謝の気持ちとして、真珠とサファイアでできたネックレスを贈られる、など。

ふーっ。宝石のエピソードは枚挙にいとまがないのです。

行動の人、ボーム

いろいろな本を読んでいますが、これほど宝石をふんだんに登場させる作家は、本当に珍しいです。ライマン・フランク・ボームは、オスカー・ワイルドや宮沢賢治にも匹敵することに、今回、気がつきました。どんな人なのでしょう。ボームは、夢想家ではあったのかもしれませんが、思索家ではけっしてなく、行動の人でした。

彼の生涯も、波乱に満ちたものでした。彼は、ニューヨーク州のチネタンゴという小さな街に、9人兄弟の7番目として生まれました。父は、ペンシルベニア州の油田で財を築いた人で、非常に裕福な家庭でした。屋敷には、見事な薔薇園もあったのです。生まれつき、心臓の悪いボームは、豪壮な邸宅で、家庭教師に教育を受け、読書や物語の創作にふけるという子供時代をすごしました。12歳で、士官学校にはいりますが、体調のせいですぐに退学。14歳ごろ、父親に小型印刷機を買ってもらい、弟とともに、「薔薇屋敷通信」という地方新聞を発行しました。17歳で、切手の収集家のための雑誌を発刊、20歳で、養鶏をはじめ、鶏の飼い方に関する書籍を出版したりします。オズのメンバーにめんどりのビリーナがいるのは、だからでしょうか。24歳のとき、父が劇場を買ってくれたので、ボームは劇団をつくり、ミュージカルを自作演出し、地方巡業もしました。26歳で結婚。その後、劇場が火事になり、建物のみならずボームの脚本の多くも焼失してしまいます。ホームグラウンドをなくしたボームは、さまざまな事業をこころみますが、いずれも失敗し、財産を失います。

西部にうつり、新聞を発行しますが、これも失敗。シカゴに転居。さすらいのセールスマンも経験します。この頃の経験が、手品師オズの造形にやくだったのかもしれません。オズのような、どうしようもないペテン師と、出会ったことがあったとしても不思議ではないのです。オズのイラストレーター、ウィリアム・ウォレス・デンスロウと出会ったのは、商店の装飾専門誌を編集していたときでした。ふたりは子供のための童謡集、『ファーザーグース』を出版。ベストセラーになり、翌年、『オズの魔法使い』を出版するのです。裕福な資産家生まれだったことから、ボームが宝石と身近に接していたとしても不思議ではありません。また、ボームは美的感覚にすぐれていたので、自然と宝石に興味をもったのでしょう。

もう一つ、考えられることは、ボームはかなりあたらしがりやだったことです。1900年前後は、自動車や、無線などが次々実用化されていった時代。ジャーナリストでもあったボームは、時代の最先端を捉え、オズシリーズにも、手足に車がつき、ドロシーを猛スピードで追いかける車人間や、無線、ロボットなども登場させています。彼はまた、後年、映画製作にも手を染め(そのために借金が増えるのですが)、オズ・フィルムカンパニーという会社を設立しています。最初のオズ映画は、ボーム自身の手で作られたのです。

宝石も、当時のアメリカでは、ホットな話題だったのではないでしょうか。高名な宝石学者、ジョージ・クンツは、1858年生まれで、ボームと同年代、同じニューヨーク育ちです。クンツは、アメリカ産の宝石を探すため、アメリカ中を探し回りました。カリフォルニアを旅行中に、クンツァイトを発見しています。他に、メーン州ではトルマリン、ユタ州ではトパーズ、ニューヨーク州ではガーネットと、行く先々で新しいカラード・ジェムストーンを発見した。彼がもっとも積極的に捜し求めたのは淡水真珠で、テネシーやオハイオの川でこれを発見しています。クンツが収集した貴重な鉱石の標本は、ティファニーによって、1889年、1893年、1900年の万国博覧会に出展されています。こうしたニュースに、ボームは触発され、アメリカ産の宝石童話を作り上げたのではないでしょうか。

ドロシーのはく魔法の靴は、原作では、銀の靴ですが、映画でドロシー役のジュディ・ガーランドは、赤い靴を履いています。映像的に、赤のほうが効果的だからですが、オズの原作には、エメラルドと並び、ルビーが数多く登場しているので、ボームも生きていたら、賛成しただろう、と思います。1989年の、映画50周年記念のとき、ハリー・ウィンストンが、ドロシーのルビーの靴を作りました。全部、本物の極上のルビー3000個で作られた当時300万ドルしたとのこと。まるで、オズの世界の宝石が魔法でこの世にあらわれたみたいです。宝石好きのボームが見たら、どんなに喜んだことでしょう。

岩田裕子

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