裏窓

シネマの宝石学
―洗練された大人のおとぎ話02

グレース・ケリーの冷たく熱い真珠達

ハリウッドの大スターにして、モナコ王妃となった20世紀のシンデレラ。かつて1950年代、世界中を騒がせたヒロインも、今では歴史上の人物なのかもしれない。だが、スクリーンの中のグレースを改めて見直してみると、少しも古びてはいない。これが、50年以上も昔の女性だろうか。

21世紀、美しい女性は数多くいる。例年くりひろげられるアカデミー賞受賞式の女優たちの豪華なドレス、きらびやかな宝石には目がくらむ。しかし、グレースの美しさは、これに劣らない。彼女は美のひとつの典型となっているのだから、それも当然のことだろう。

肉体派と称されたマリリン・モンローと対極にある、もうひとつのアメリカの象徴。クール・ビューティー。美しく、冷たく、賢く、華やかで、世の男たちを手ひどくはねつけそうに見える。しかし、その底には熱い情熱を秘めており、愛する男には大胆すぎるほど妖しく迫る。

言ってみれば、知的で紳士的といわれる抑制的な男性たちのためのマリリン・モンローだ。人前では淑女、しかし自分のまえではセクシーな女性であってほしい、と願う、良質派の男性たちの熱望を、そのままスクリーン上に映しだしたのが、グレース・ケリーなのである 。そんなグレースの魅力を一早く見出したのが、サスペンス映画の巨匠アルフレッド・ヒチコック監督だった。

ヒチコック以前のグレースは、どこにでもいる普通の美人だった。子どもの頃からきれいで、20歳になると、CMモデルになった。猫を抱いて、にっこりと笑っている清潔そうな女の子―そんな広告写真が残っている。当時の関係者によれば、「仕事はたくさんあるけれど、トップモデルにはなれそうにない」無個性なカワイコちゃんタイプ、それがグレース・ケリーだった。

その後、女優を志し、何本かの映画に出演した。清楚な魅力が人気を呼び『モガンボ』『真昼の決闘』などの話題作に出演。しかしまだ個性は花ひらいていなかった。そして、ヒチコックが彼女を見い出すのである。『ダイヤルMを回せ』では、不倫をして夫に殺されかける人妻の役だった。そして同じ年、ヒチコックはグレースの美しさを生かす、最高の映画を制作した。

ヒチコック映画の中でも傑作の呼び声高い『裏窓』がそれである。足を骨折して自宅療養中の若いカメラマン、ジェームズ・スチュアート。窓ごしに見る向かい側のアパートで起きたらしい殺人事件。息づまるサスペンス、極上のエンターテインメントだが、この中のグレースは誰もが手をのばしたくなる極上のお菓子のように匂いやかだ。

カメラマンの気をひこうとする、富豪の娘。彼女が登場するごとに、その役名である「リザ」のテーマ曲が画面に甘く、かぐわしく流れ出す。そのファッションは、目もさめる水色のドレス、白地に赤い花もようのやさしいドレス、うすいピンクのセーターとスカート、そして真白なナイトガウンetc。

この美しき富豪の娘をひときわ華麗に輝かせたのが、宝石なのである。実際、グレースほど、上品にさりげなく宝石を身につけられる女優は他にはいない。もともとが裕福な家柄の出身であるグレースだから、宝石を特別視する気持ちがないからではないだろうか。

ヒロイン・リザは、服装に合わせ、さまざまな真珠のネックレスをつけわける。首にぴったり貼りつくドッグ・タイプ、三連の優美な輝き、きらめくイヤリング…。リザは当然のごとく、宝石を知りつくしている。『裏窓』では、彼女の宝石への思い入れが、事件解決の糸口ともなっている。

被害者らしき女性は、田舎へ帰ったことになっている。しかしリザは、その女性が結婚指輪やらダイアモンドやら、自宅に残したままなのを不思議に思う。リザは言う。「女は旅行するとき、宝石を置いて出たりしないわ。まして結婚指輪など」

その外見に似合わず、無鉄砲なところを発揮したリザは、恋人とともに事件を解決。完璧さの陰に隠れた可愛らしさをアピールして、彼からひときわ確かな愛を、勝ち取るのである。

翌年、封切られた「泥棒成金」は、グレース扮する金持ち娘とケーリー・グラント演じる元宝石泥棒の恋物語。舞台は南仏リヴィエラ。気品ある令嬢グレースが、好きな男性とふたりきりになると、突然、情熱的にキスをする。彼女の冷たく、熱い魅力は、胸に煌めくゴージャスなダイヤモンドとともに、観客の心をも泥棒してしまったのだ。

そんなグレースに、モナコのレーニエ公が求婚した。ハリウッドのプリンセスはやがて本物のプリンセスとなり、その指には公から贈られた、エメラルドシェイプの大粒のダイヤモンドが煌めくこととなる。グレースは、その指輪をはめて、最後の映画「上流社会」に出演したのだ。

ところで、公との結婚式には、貴族社会からハリウッド、そしてグレースの親族までさまざまな名士が招待された。その婦人たちは、きらきらの宝石ずくめで現れる。そこになんと映画さながら、本物の宝石泥棒たちが出現したという。被害が大きくなるのを心配したレーニエ公は、教会の挙式の際には、一般人を制限する命令をだした。

ある宝石泥棒がこうつぶやいたといわれている。「おれたちは、アメリカ側からしか盗んでいないのに・・・」 モナコ側から盗まないのは、彼らなりの祝福だったのだろうか。

岩田裕子