真珠の頸飾

シネマの宝石学
―洗練された大人のおとぎ話07

以下は「マレーネ・ディートリッヒ 生きた宝石(1)」からの続きです。

マレーネ・ディートリッヒ 生きた宝石(2)

彼女の数多い出演作のなかで、とくに、宝石の登場する映画といえば、なんといっても「真珠の頸飾」である。宝石使いの名手である監督、エルンスト・ルビッチがプロデュースしている。相手役は、名作モロッコと同じ、ゲーリー・クーパーだ。このめちゃめちゃお洒落な映画は、恋愛部分は、それほど新鮮味もないが、何しろ痛快なのは、映画の冒頭、美しく気品ある宝石泥棒マレーネが、老舗の宝石店から極上の宝石を奪い取る、その洒落た手口である。

巴里の老舗デュバル宝石店に、美しいマダムが来店する。白いドレスに身を包んだディートリッヒである。「最高の真珠をさがしている」というので、オーナーのデュバル氏が、みごとな真珠のネックレスを捧げて現れる。「4年半かけて、最高の粒を集めました」「均整の取れた芸術品です」「人魚の涙といってもよいでしょう」 なるほど、白雪のように美しい。マダムは、惚れ惚れと眺め、自宅に届けるように、と申し付ける。夫は、著名な精神科医のポケー氏だという。だれが、この取引を疑うだろうか。

次に、謎のマダムは、ポケー氏のもとに現れた。夫の精神状態がおかしいので、診てほしい、と依頼したのだ。ポケー先生が承諾すると、マダム・デュバル(そう名乗った)が、一言、付け加えた。「夫は初対面の人に請求書を渡す癖があるんです」

「痴呆のきざしでしょう。受け取っておきましょう」 ポケー氏が落ち着いていった。やがてデュバル氏が、「人魚の涙」をたずさえてやってくる。そこには、マダム・ポケーがいた。いや、ポケー氏にとっては、マダム・デュバルなのだが・・・。

このあと、二人の紳士がどんなやり取りをするかは、ぜひ、ビデオかDVDで確かめていただきたい。抱腹絶倒うけあいだ。昔の映画なんて、退屈そうと思っている方にこそ、お勧めしたいものだ。

この他、マレーネが、ロシアの女帝、エカテリーナ2世に扮した「恋のページェント」でも、豪華なドレスとともに、きらびやかな宝石を堪能できる。なにしろエカテリーナのダイアモンド好きはスケールが大きく、袋詰めのダイアモンドが、貨車何台分もあったという。また、次つぎと恋人を選んでは、代えたことでも有名だ。政治と、恋と、宝石と。これこそマレーネにしか演じられない。可憐な娘から、自信に満ちた美しいエカテリーナに成長する様子が、わたしには、マレーネ自身の軌跡とだぶってみえてしかたがなかった。

ゴージャスな宝石を愛し、実生活でも、スクリーンのなかでも、極上の宝石に囲まれ、自身がそんな宝石のようだったディートリッヒだが、あるエッセイに、こんな一文を寄せている。「バラ石英(ローズクォーツ)は、小さな女の子にも合う石です」 娘マリアへの母としての視線が感じられる。しかし、マレーネは、こうした素朴なものも愛することのできる女性だった。お気に入りの花は、すみれだったとか。これもディートリッヒの一面なのだ。

岩田裕子