真実のマレーネ・ディートリッヒ

シネマの宝石学―洗練された大人のおとぎ話07

マレーネ・ディートリッヒ 生きた宝石(1)

「真実のマレーネ・ディートリッヒ」

今、何故、マレーネ・ディートリッヒなのだろう。この秋、渋谷のル・シネマで「真実のディートリッヒ」という映画が単館上映された。ディートリッヒの孫デイヴィッド・ライヴァが監督したドキュメンタリーで、彼女の長い生涯を、数々の友人、知人の言葉や、過去のフィルムを通して、解き明かしたものだ。

映画は、人気を呼び、その後、全国展開されることとなった。これをきっかけに、ディートリッヒ映画祭のようなものも開催され、彼女の古い映画が、一挙に上映されるなど、今、注目をあつめている。 ディートリッヒは、1901年に生まれ、1992年に、90歳という長い人生を閉じている。

リアルタイムで、彼女を体感した人は、ごく限られた世代となってしまっている。そのマレーネが、何故、気になるのだろう。エレガントで、ゴージャス。イブニングドレスに毛皮。そして、宝石。細い眉。こけたほほ。男を惑わす、いたずらっぽい表情。百万ドルの保険がかけられた美しい脚。

マレーネを見出した監督スタンバーグの作り出した退廃的な大人の女のイメージ。それはよく知られているが、今、わたしたちをひきつけるのは、そうした、イメージの向こうにいる、もう一人のマレーネ。意志的に人生を選び取り、危険も辞さない、勇敢で、やさしくて、挫折を乗り越えた、新しい、そして本物のマレーネなのではないか。

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「真実のマレーネ ディートリッヒ」「真珠の頸飾」adobe_pdf_file_icon_24x24

岩田裕子