嫌われ松子の一生

シネマの宝石学―洗練された大人のおとぎ話24

転落の宝石

「嫌われ松子の一生」

優等生の転落

この前代未聞のタイトルをもつ映画を知ったのは、映画館で見た予告編だった。気になって、スクリーンに足を運んだ。そして、それは、衝撃的な体験となった。ヒロインに、不幸が次々と襲い掛かってくるお話。ごく普通の家庭に生まれた教養ある女性が、どんどん転落していくのだ。戦時中など、特殊な社会状況ならともかく、太平な世に、これはタブーといってもよい題材だ。

女性が不幸になる映画は、これまでもいろいろあったと思うが、大抵は、貧困の中に生まれたとか、複雑な生育歴だとか、犯罪者の家系とかだと思う。平凡な家庭に生まれ、受験や就職も普通にした女の子が、これほど不幸になる話は前代未聞だ。しかし、こんな例は、現実には、巷にあふれているに違いない。ただ、誰も映画にしなかっただけだ。

このストーリーに対し、画面は50年代のハリウッド製ミュージカルみたいにキャンディカラーが炸裂。ディズニー映画のように、アニメの星がきらきら輝き、鳥や蝶々がヒロインの周りを飛んでいる。女の子の描く夢の世界そのまま。ポップな音楽は、はずみがよく、のりが良くて、楽しく、どきどきしてしまう。いったいこれは、なんだろう。

この映画のストーリーだけを書いたら、見たいという人は、かなり少ないかもしれない。ヒロイン、川尻松子(中谷美紀)は、昭和23年に、福岡、筑後川の近くに三人姉弟の長女として、生まれている。謹厳実直な父(柄本明)、存在感の薄い母に育てられ、父の希望どおりの学校に進み、父の望むまま、中学の教師になった。頭がよく、常識もある、優等生タイプの女性なのだ。その上、美人でお人よしといえるほど性格の良い彼女なのだが、なぜか、人生は、悪いほうに悪いほうにと、行ってしまう。彼女自身のせいでもあるのだが・・・

本人は、いつもよくなりたいと、努力しているのだ。それでも、ものごとは、苦しいほうに流れていく。そのたびに、松子は叫ぶ。「なんで!!」彼女には、まったくわからないのだ。なぜ、こんなことになってしまうのか。

23歳で、窃盗の罪を負わされ学校にいられなくなり、家を飛び出した彼女は、売れない作家(宮藤官九郎)と同棲するが、彼のDVをさんざん受けた挙句、自殺される。彼の友人(劇団ひとり)と明るい不倫をするが、結局捨てられて、ソープ嬢に。マネージャーに言われたことを優等生らしくメモまでして実行。ヒンズースクワットが効いたのか、売り上げナンバーワンの地位につく。それもつかの間、落ちぶれて、ヒモ(武田真治)を惨殺してしまう。

死に場所を探して新幹線で上京し、理容師(荒川良良)と一月のどかな幸せを味わうが、捕まって刑務所に8年間服役。出所後、服役中に得た資格で美容師となるけれど、元教え子であるやくざ(伊勢谷友介)の情婦となって、再び破滅的な暮らしに。そのやくざにも捨てられて・・・もうだれも信じない・・と、ゴミに埋もれたアパート暮らし。

平成13年夏、53歳のある夜、見る影もなく太った松子は、荒川土手で撲殺されるのだ。「つまらん人生じゃった」後始末のため、上京してきた弟(香川照之)は、こうつぶやいた。だけど松子は、まっすぐだった。死ぬまで。

松子の非情な一生を、振り返りながら、不幸と幸福の意味を探ることになるのは、ミュージシャンをめざして上京したのに、無気力な生活を送っている甥の笙(瑛太)だった。なすこともなく、恋人の明日香(柴咲コウ)にも愛想をつかされた笙は、このすごい経歴のおばさんに関心をもった。

煌びやかな不幸

物語は現代の渋谷駅前交差点、午後3時からはじまる。幕張午後3時。松子の友人(めぐみ)は、ジムで汗を流している。新宿午後3時。松子の最後の男(龍)が、酒を飲んでいる。荒川午後3時。河原で女の惨殺死体がみつかった。荻窪午後3時。お先真っ暗な若いカップル(笙と明日香)が、テレビを見ている。

テレビの中では、サスペンス劇場が展開され、片平なぎさが、犯人を追い詰めていた。海に飛び込む犯人に、気がつくと、笙がなっており、海の底を泳ぐ魚の群れが、空飛ぶ鳥たちとなり、絵本の表紙のような、タイトルが現れる。バックには、オレンジ色の一面の夕空を飛ぶ渡り鳥。それは、海辺の風景に変わり、おかっぱ頭の小さな女の子の素直な伸びやかな歌声が響く。

♪まげて、伸ばして。お星様をつかもう。振り返って、蛸みたいに変な顔をする女の子。子ども時代の松子だ。まるで子どものころに見たディズニー映画そのもののわくわくするオープニングで、この悲惨な物語が、のどかにつづられる。

忘れず書いておかなければいけないのは、この映画は、ミュージカルだということだ。幼少期からトラウマをもち、どうしても幸せをつかむことのできない女性をヒロインにしているが、タイトルバックからエンディングまで、カラフルで、凝ったCGとカメラワークの美しい画像、音楽のほうは、ボニーピンクのかっこいいロックや中谷美紀などによって歌われるポップな歌たち、70年ふう歌謡曲などのオリジナルナンバーに、天地真理、だんご三兄弟など、時代時代のヒット曲もちりばめられ、見たこともないほどみごとなエンターテインメントに仕上がっているのだ。

劇団ひとりと不倫している外巻きカールの松子が歌う「ハッピーウエンズディ」は、往年の人気ドラマ「奥様は魔女」みたいに明るく楽しいし、絶望の果てに歩く道筋は、「オズの魔法使い」のカラフルさで、お月様のなかには、そのとき、松子の愛している男の顔がほほえんでいる。

ソープ嬢時代に、同僚役のボニーピンクが「愛はバブル、愛はトラブル」と歌う、激しいダンスとのコラボレーションがかっこいいこと。また、刑務所時代の、機械的な作業や食事の様子もミュージカルで、歌詞のなかで女囚たち(山田花子他)の事情をひとことずつ説明しながら、WHAT IS A LIFEと激しく歌う。ヒロインの生き方は、飛び切りダサイけれど、映画はどこを切り取っても、きらきらとセンスにあふれている。

松子の変顔

松子には、どうしようもない癖があった。大事なときに、口を蛸のようにつぼめ、目は寄り目の思いっきり変な顔をしてしまうのだ。それは幼い頃、病気の妹ばかりかわいがり、松子に冷たかった父を笑わせようとして始めた、悲しい癖だった。

いつも暗い顔だった父が、蛸のような口の顔をすると、不機嫌さが治って少し笑うのだ。自宅療養の妹は、その松子に終生、深い信頼と愛情を注ぐ。しかし、松子は、どうしても妹が許せない。あんたなんか、と妹の首をしめ、妹への怒りを抑えられず、そして家を出てしまう。

この映画のオリジナルソングの歌詞のひとつに、「どうすれば、私愛される娘になれるの?」というのがあるが、松子はそれほど父に愛されたかった。

沢村めぐみ

刑務所で知り合っためぐみとは、銀座の美容室で再会した。めぐみはAV女優として成功し、マネージャーの夫とともに、会社を経営。沢村社長とよばれ、ゴージャスに装っている。松子が龍と出会い、美容室をやめてしまったとき、心配してアパートを訪ねた。

龍に殴られ、顔にあざをつくっている松子に、やくざと別れろと強く迫るめぐみ。「こんなのとつきあっちゃだめだ」「地獄のそこまでつきあわされっぞ」
松子は、「これが私の幸せなの」と宣言し、消えてしまった。10数年後、病院で、髪はぼさぼさ、見る影もなく太った松子と再会する。
「もう一度美容師になりたかったら、電話して」めぐみは名刺を渡した。

この名刺が、よどんでいた松子の気持ちを開かせた。その翌日、松子は死体で発見される・・その名刺を握りしめて。 松子の悲惨な人生の中で、いつも変わらぬ愛情をささげてくれためぐみ。甥の笙に、「おばさんは、わたしよりずっといい女だった」と話すのだ。「嫌われ松子」というタイトルだけど、こんな友達を持てる人って、かなり幸せじゃないだろうか。

龍 洋一

松子の最後の恋人、やくざの龍は、実は、松子の運命を狂わせた、中学教師時代の生徒だった。銀座で美容師をしているとき、再会してしまう。それは大雨の夜だった。

最初は、彼を更正させようとした松子だが、それが無理だと悟ると、自分が無法者の世界に入っていった。彼のいうまま、知らない男とベッドをともにし、わけのわからないものの運び屋までやったりした。松子はいつも一生懸命だ。そして、とても幸せだった。それは主観的な幸せだったけれど。

龍は刑務所に入り、その後、松子を捨てたけれど、今までのほかの男たちとは違い、自分が、松子のためにできることは、それしかないと思ったからだ。彼が出所する日は雪が降っていた。真赤な薔薇の花束をもって外で待っていた松子に、龍は雪を投げつける、というこどもっぽい反応しかできない。松子を殴り倒し、奇声を発して逃げていく龍。

白い雪に薔薇の花びらが美しく散る。「なんで?」とつぶやくことしかできない松子。龍は、彼なりに松子を愛していた。ただ、本当に愛されたことのない龍は、松子の無償の愛がこわくなったのだ。

笙に松子が殺されたと聞いた龍は、自分を捕まえに来た刑事に向かって、絶叫するのだ。「松子を殺したのは私です」と。このシーンには、涙がこぼれる。龍は言う。「松子は、私の神だった」

家族

恋人にすぐ夢中になってしまうのは、父に愛されなかった記憶の代償なのだろう。愛してほしかった父は、松子が家を出て3ヵ月後に、脳卒中で死んでしまった。

ソープ嬢でお金を稼いだ後、家に立ち寄った松子は、父の日記をみつける。日記には、松子が失踪した日からなくなるまで毎日、文末に「松子からの連絡なし」と書かれていた。生真面目で不器用だった父。しかし、父は松子を愛していた。

愛してくれたのに愛せなかった妹。彼女も、その後、病死してしまう。その最後の言葉は、「ねえちゃん、お帰り」だったと弟に聞いた。松子は、幻想のなかで、妹の髪を切ってあげる。それは、松子が惨殺される直前だった。「私、まだ、やれる」松子は仕事にめざめ、いったんは、河原に捨てためぐみの名刺を拾いにでかけた。それが、殺人現場となった。

宝石

松子の甥、笙の恋人役を演じた柴咲コウは、中谷美紀に良く似ている。ふたりは、同じ事務所で、そういわれることが多いらしい。柴咲演じた明日香は、恋人に甘えてばかりいる自分に嫌気がさし、これではいけないといって、笙と別れ、青年海外協力隊に入って、ウズベキスタンに行くことに決めた。

笙に電話するその指には、大粒のラピスラズリのリングがめだっていた。ラピスラズリは自立の象徴。松子に良く似ている明日香が、わたしには、もうひとりの松子に見えてならない。松子のもうひとつの可能性が、明日香だった。男に依存するのではなく、どこかの時点で、自立を選んでいれば、まったく別の人生になったはずだ。

沢村社長、めぐみは、大粒の真珠の女だった。いつもイヤリングやネックレスをしている。真珠は、女らしさとともに慈愛の象徴である。めぐみの松子へのまっすぐな愛情そのままに。そして、めぐみは、おんならしさが匂いたつようだ。松子自身は、宝石は目立たない。彼女自身が、さまざまな天変地異を経て、輝きをました、天然の宝石のような存在だった。

昼間捨てた名刺を拾うため、河原にいき、夜遅く、遊んでいた中学生たちを注意した松子。松子は、このとき、中学教師としてのプライドを取り戻したのだと、わたしは思う。

廃人のようだった松子が最初のつまずきで人生を失敗して以来始めて、教師としての誇りをとりもどした。そして、彼らに撲殺された。中学生には、汚いおばさんに見えたかもしれないけれど、松子の心は、凛として美しかった教師時代に戻っていたのだ。

死ぬまで殴られたら、どんなに痛かっただろう。しかし、もしかすると、松子は、この人生の終わり方に納得していたかもしれない。松子は誇り高く殺されたのだ。こんなにつらい人生を選び、全うすることができた松子は、それだけ神に近い。龍洋一のいっていたように。人より凄惨な人生を生きることができた人は、それだけで選ばれた人だと私は感じた。

撲殺された松子を、アニメの蝶々がひらひら取り巻く。彼女は神だったから。殺されてから後の、暖かさにあふれたエンディングに関して、監督の中島哲也は、こういっている。「結局ぼくは、松子さんが好きなんだね。だから、残酷に切れなかったんだ」

人生賛歌

それにしても、いくらなんでも、松子も学習すればいいのではないかと思ってしまう。でも、それは、松子が、不幸になりそうな女達のキリストだからじゃないかと、感じた。この世に存在する、不器用な人々の身代わりとして、その生涯を生きたのではないか。もし、今、私たちが幸せだとすれば、それは松子のような神に近い人々が、不幸を背負ってくれたからだ。そして、つまんない人生と一刀両断される生涯でも、喜びも悲しみも濃密にあった。

この映画を見て思うのは、人間という存在へのいとおしさだ。テレビニュースでは、ホームレスのおじさんたちを、人生に失敗した人として報道している。でも彼らにも、どんなにやさしい、宝石のようなひとときや、愛情のやりとりがあったかもしれないのだ。松子の生き方は、確かに不器用だ。刑務所に入ったって、AV女優としてたくましく成功しためぐみもいる。もっとうまく生きることはできたはずだ。

だけど、そういうことが問題なんじゃないと思う。こどものとき、父の不器用さのためにトラウマを抱えた人生となってしまったことも、人に撲殺されたことも、良いとか悪いとかじゃなく、人生という楽しい修行の一コマ、私には、そんな風に感じられる。

殺された松子の魂が、実家に帰ると、松子の変顔じゃない、美しい笑顔に、父はにっこり笑ってくれた。不器用な父子だったけれど、今、心は通い合ったのだ。天国への道は、実家の2階につながっていた。死後の松子は、その階段を一歩ずつ上る。そして、2階に登ろうとする松子に、妹が声をかける。「お帰り」と。松子は答えた。笑顔で「ただいま」と。

黒澤、溝口以来、低迷しているといわれてきた邦画も、ここまできたか、といいたくなるほどの傑作である。見た人によって評価はくっきり二分される作品ではあるが、わたしはこの映画を、21世紀の神話として、見てほしいと思う。

近況(執筆当時)

「嫌われ松子の一生」は、とても映画的仕掛けに満ちた作品なので、私の文章でどれだけその魅力を伝えられたか難しいところです。ご覧いただければ好きな方はかなりはまるはず。

私のほうは、2月7日から3月4日まで、六本木ヒルズ49階エントランスショーケースにおき、「童話の中の宝石たち」展を開催させていただきました。7つの童話とそこに登場する宝石についての文章をパネル化、その他に、私の書籍とイラスト、それから、宝石鑑定士教育機関でお借りしました宝石の内部の写真や関連図書を、展示いたしました。主催は、六本木ヒルズ内アカデミーヒルズ事務局。とても素敵な展示になり、通りがかりの方も、デジカメで写真をとってくださったり、沢山の方にいらしていただきました。

ミセスの連載「宝石を巡るお話」は3年目に突入しています。2008年1月号の読者アンケートでは全体で4位の人気、連載部門で1位という集計結果となりました。5月号では「宇宙とダイヤモンド」について書いています。

岩田裕子